40代楽な仕事

マジありえね!有料老人ホームの総務職は入居者と遊ぶのが仕事だった

製造業でリストラされてから、1年が経とうとしていたころ、悩みに悩み続けた介護分野の総務職として、内定が下りました。

正直に言って、この1年間の転職活動は、キツかったぁ。

流石に「40代の転職活動も楽勝だったぜ」なんていう余裕もなく、20代や30代の時に比べて、格段に難しかった感が否めませんね。失業保険も切れて、家族にひもじい思いをさせてしまったと反省。

1年間の辛い転職活動を経て未知の業界に挑んでみる

直接応募を含め様々な手法で企業にアプローチし、求人を見つけて応募するところまでは行くのだけれども、なかなか面接を通過することができないジレンマ。

応募書類の選考は通過するのに、面接で落とされるパターンは、先方が求めている人物像に当てはまっていない、ようはマッチングできていない状態なんです。

軽く150社以上は応募して、総務職4社を含む内定8社を勝ち取れたのは、転職回数が多く、また総務職としてのノウハウを持っていたため、いわゆるゲリラ的な戦法でアプローチする術を知っていたから。

総務職として採用された、運輸業界2社をそれぞれ試用期間内に辞退。その後、通勤に片道2時間ほど要する内定済の企業に行くか否か迷っていた頃、未知なる介護業界での総務職としてのオファーが舞い込んだんです。

転職エージェントの推薦で介護業界に足を踏み入れる

今までずっと運送業や製造業で働いてきたので、本当に介護業の世界は自分には全く縁がないものだと思い込んでいたし、介護業界の総務職だなんて思いつきもしません。

まぁ、そこは転職エージェントのキャリアコンサルタントの腕の見せ所だったわけで、まだ職場の福利厚生が整っていない有料老人ホームの総務職は、私にピッタリだと推してくれたんです。

製造の総務職として、社内効率改善を推し進めてきた経験と、システム構築など仕組みをいちから作る喜びを感じていたことを、面接でアピールし、副所長の男性と何故か意気投合。

老人ホームは比較的新しく、まだまだ法整備ができていないし、介護業界出身者ばかりで固められているため、新たに異業種から3名ほど総務人事職を採用して、新しい体制を作るのだと聞かされてた。

その後も、所長面接、社長面接と上手いこと進めて、あっさりと内定を貰えてしまった。

同年代の総務職と、一回りほど年下の人事職の女性と3人でチームを組むことになり、異業種からの採用及び、この老人ホームでは初となる新卒の採用プロジェクトが発足。

ルーティンワークは、正直私には物足りない、勤怠の締めと入退職手続きぐらい。

他に常勤換算管理と呼ばれる、介護業界固有の仕事も任されましたが、2時間程かかっていた仕事を、VBAを組んで自動化したら、5分程度で終わってしまうようになったので、これも物足りない仕事になってしまいましたね。

総務業務より老人達と過ごす時間が長く楽しい職場

何が楽だったのかと、とにかく緩い現場。

福利厚生どころか、法整備もできていないような状態だから、従業員も個々にやりたい放題。

全く統制も取れていないから、何やっても許される天国みたいな職場。

しかも、総務人事職としての仕事なんて月に1,2回勤怠の締め作業と入退職作業がある程度だし、異業種採用プロジェクトも年に1回あるかないか。

後はずっと、入居者である60歳以上のご老人たちと遊ぶのが仕事。

もう一度言います。私に与えられた使命は、月に1,2回あるかないかの総務業務と、残り29日間は60歳以上のご入居者様達との、楽しい娯楽タイム。

一緒にラジオ体操をしてカラオケを歌ったり、学芸会時には仮装して飛び入り。果ては、裏山に秘密基地を作って遊んだり、梅田の街に繰り出してみたりと、もう仕事の域を超えて部活動の延長のような状態。

要は、大阪の街から程遠い山中にある老人ホームで、ご老人たちが退屈しないように、エンターテイメントを作り出してあげるのが、直接処遇ではない職員たちの使命であり、総務職の仕事。

仲良くなればなるほど居室に呼ばれる時間は増え、勤務時間内に堂々と入居者様のお部屋でワイドショーを見ながらお茶をする毎日。いつも、コンビニのマズい飯を食べてると愚痴った日には、それ以降とあるお宅でお昼をよばれるようになった。

「君、長い間、席にいなかったよねぇ」なんて言われても、「入居者対応」と言えば全て許されてしまった。入居者対応は、免罪符ってことですね。

有料老人ホームの総務職がもらえた年収は360万円

緩すぎる老人ホームの総務職でもらえた年収は、ボーナスなしの年俸制で360万円。もちろん、これでは低すぎるし家族を養えないと思ったけど、月5,000円づつ昇給するからと入社時に言われていたので、そのうち上がるものだと考えていた。

だが、1年が過ぎたころにやってきた等級表を見て、僕は愕然としてしまいましたね。月5,000円づつ上がるどころか、月5,000円下げられてるじゃありませんか!!

1年目にして、年6万円分年俸が下がっていたんです。ガチで自分の目を疑いましたよ。

私はもちろん、こんなことなら試用期間内で退職してたし、話が違うと猛抗議。所長を始めとした経営陣は、「そんなこと約束した覚えはない」の一点張り。

後に、40代の先輩社員に聞いたところ、中高年は一律に月5,000円づつ下げられるのが、ここのルールだと。じゃあ、2年目には月10,000円下がっている計算何ですか?と聞くと、「そうなるね」と淡々と言われてしまいましたね。

こんなことなら、通勤片道2時間かかる製造業のほうが、ずっと待遇も年収もよかったのに…とガチで後悔したのは、いうまでもありませんよね。

有料老人ホームの現場に就職すべきでなかった点

介護業界がどういう雰囲気なのかイマイチ理解せず、この業界に飛び込んだわけなんですが、想像と違ったのは、人間関係が最悪ってことですね。

もちろん従業員同士のですよ。

どちらかというと、ご入居者様達は、私達スタッフ息子や孫として可愛がってくれるし、些細なことの手助けをしただけでも、「ありがとう」と言われるから、ガチで心地よい。

こっちは仕事でやっているだけなのに、感謝されるとクセになってしまうし、介護スタッフが介護にハマってしまう理由も、十分すぎるほど理解できた。

一方の従業員は、何やっても許される緩い職場だから、暴言・シカト・村八分が当たり前のように横行。

正義感振りかざして注意しようものなら、社長だろうが所長だろうが、若い職員たちに反撃されて、村八分。

村八分が嫌だから、管理職は誰も注意しない。これの繰り返し。

しかも、相手のことを絶対に認めない文化があり、自己承認欲求が満たされないから、皆おかしくなっていく。

最初にオカしくなったのは、同期入社した総務と人事で、常識が通用しない職場に嫌気がさして1年半と、もうひとりは2年半で職場を去った。

彼らは、「この職場は、ガラパゴス化している」と常々言っていた。「職場として成熟していかなければならないのに、ここでしか生きられない職員たちが日々退化している」と。

この人達は、なんてウマいこと言うんだろうと思っていたら、自分にまで災難が降りかかってきた。

介護業の総務職を転職先に検討している40代に一言

介護業界は、どこに行っても人間関係が悪く、離職率がハンパない状態。こういう状態を正して欲しいと社長の命を受け、我々特別チームは奮闘したわけなんですが、正直、相手が悪すぎた。

訳アリの職員も、本当に多いですね。僕のように、製造業をリストラされた中高年介護士とか、病院を追い出された看護士とか、一癖も二癖もある同僚達。

私、不幸を背負ってますみたいなオーラ出してる用務員さんとか。

しかし一方で、志が高く熱い介護職員が多いのも特徴ですね。

介護のことについて真剣に考えて、ご入居者様達のことを心から介護したいと望んでいる。特に、20代30代の若い世代達は目指す理想が高く、僕が在籍中に5人ほど退職して、新しい介護ステーションを自分たちで作り上げてしまった。

「ものすごい行動力、若さっていいな」と他人事ながら、思ってしまいましたね。

ホスピタリティ精神が豊富で、ややこしい職員たちとも互角に渡り合える自信があるのであれば、介護業界の総務職は、きっと最高な経験が待っていますよ。

老人ホームの総務職は入居者と遊ぶのが仕事まとめ

最後に要点を纏めておきますので参考にしてください。

  • 1年の活動の末、介護業界に転職を果たす
  • 介護業界出身者で固められた総務や経理は未整備のまま
  • 「入居者対応中」と言えば何でも許される
  • 年収は360万円に落ちたが、副業でカバー
  • 職員同士の人間関係は最悪レベル
  • ご入居者様から「ありがとう」と言われる快感はこの職ならでは
  • 志があればガンガン出世できる業界

この職場で、あまり関わりたくない人物が1名いて、この後、僕は、この男のオモチャにされオカしくなっていくハメに…。

面白くないので、詳細は割愛させてもらいますが、とにかく自分を中心に地球が回っているとガチで考えているサディストで、話が長くてつまらない割に、後輩を服従させたがる。

一挙一動、自分の思い通りにならないとキレまくる基地外で、ある夏の日、僕の精神状態は極限に達してしました。

リストラされて完全に負け組だった中年男がブログで人生逆転した方法

私みたいに精神的に疲弊してうつ病になったら悲惨ですよ。

煩わしい現代社会から解放されて、心も体もリフレッシュできた具体的な方法を教えます。

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