心身共に楽な仕事

ガチンコの建設会社で社長秘書?モヤシ男が楽したその驚くべき訳

社長秘書と言われると、どうしても美人で頭脳明晰な女性を思い浮かべてしまうのは私だけでしょうか?

心身共にパートナー的な美人秘書君と、深夜まで残業。

一度はやってみたいものですね。

逆に、政治の世界だと秘書と言えば男。

なんだかなぁ、業界によってイメージが強烈にこうも違うもだろうか。

社長秘書はやることがなくて超暇だった

私は現在、医療機器の営業職として働いているルイスと申します。

現在は妻と息子の3人家族で生活は楽ではないですが、やりがいを持って働いてます。

皆さん、社長秘書という職業名についてどんな印象を持っていますか?

大変そうに思いますか?それとも楽そうに感じますか?

はっきり言って、私が経験した社長秘書という仕事は、今までで一番楽な仕事でした。

私がいた会社は、建設系の会社で従業員は30人くらい。

その中で私は、秘書課の配属になっていました。

仕事内容はというと、もっぱら注文FAXのチェックと電話番のみという業務内容で、楽して給料がもらえることに喜びを感じていました。

とても楽だったんですが、恐ろしくやることがない。

例えば、朝の9時に出社してからお昼までに電話が2件、内容も営業時間の問い合わせと社長の在社確認の問い合わせ。

昼休憩の後も、夕方6時まで電話が1件、内容は間違い電話という惨憺たる有様で、6時には定時退社という日なんかもあるくらい。

それ以外の時間は基本的に自由なので、まったりと時が過ぎゆくのを待っている…というくらい楽な仕事でした。

社内唯一のモヤシ男は肉体労働を免除された


私が所属していた部署は秘書課だったのでもちろん、肉体的にも非常に楽。

建設系の会社ですから、他の社員たちは重いものを運ばなければならず、超肉体労働という条件下で働いていました。

一方の私はとういうと、肉体労働が免除されるという状況になっていました。

まあ私の風体が、会社全体をそういう雰囲気に変えていったのかもしれません。

私は身長160㎝、体重48㎏、色白で華奢という言葉がピッタリの男で、

子供の時のあだ名も「もやし」でしたから、自然と私には肉体労働が回ってこなかったのでしょう。

ですから、私の役回りは基本的に事務系の業務が中心となっていった訳なんです。

当時の私の会社は、かなり遅れていてPCが導入されておらず、全てのことが紙媒体で行われるという超アナログな会社。

私が入社して数か月してやっと、PCが導入されるという遅れよう。

そんな状態ですから、社長以下、社員のほとんどがアナログ人間で、私がPCをちょっと操作するだけでも拍手喝采が起きる有様。

PCがちょっと触れるという理由で、会社に残っていなさいという業務命令の下、昼間は社長を始め社員全員が出かけているので、会社に残っているのは私一人。

誰の目にも止まらないからやりたい放題の状態です。

マンガ読んだり、ゲームしたりの毎日で、電話が鳴るか、注文FAXでも来ない限りは何もやらなくていいんだから楽すぎる職場。

肉体的にはこれ以上ないくらい、楽な職場でしたね。

暇すぎる社長秘書の年収額は400万円

給料は月に25万円ほど、土日祝日は完全に休日で有給休暇もしっかり取れて、しかもボーナスが夏と冬とを合わせて、100万円ほどもらえる好待遇のお仕事でした。

年収にしたら、そうですね400万円は軽くもらっていました。

手取りで350万円ちょっと切るくらいぐらいでした。

とりわけ安月給というわけでもなく、家族3人が暮らしていくには困らないほどの収入を、もらっていたのは確かです。

まあ、子供が大きくなって教育費なんかも掛かるようになったら、話は別ですけど…

特段困るようなことも、なかったというのが正直なところです。

ボーナスも年間で100万円ほどもらっていたので、車も買うことができたし、たまにちょっとした旅行なんかに行くこともできました。

ただ、年に1回年末に社員旅行という体で、社長の意向で社員全員を連れて九州や沖縄、韓国や香港やらと1週間ほど連れまわされる行事がありました。

その時にかかる費用が、旅費以外は全額自腹というのは正直キツかったですね。

社長曰く、そのために毎月の給料を少し多くしてるという言い訳なのですが、それなら毎月の給料から天引きされた方がマシですよね。

妻と子供も一緒に行きたがっていましたが、家族の同伴は社長が認めてくれることはありませんでした。

まぁ当然と言えば当然ですが、毎年一度は1週間ほど、家族と離れ離れになるという訳の分からない行事があるのは嫌だったかな。

まあこの訳の分からない社員旅行を差し引いても、暮らしていくには申し分ない給料です。

失敗したら即パワハラされる社風だった


私にとって秘書という仕事はあまりにも楽な仕事だったので、その頃は何一つ不自由なく過ごしていました。

しかし私の大失態のせいで、退職することになってしまったのは、今思い出してもイタかったですね。

ある日、私の数少ない業務の中で、発注数を500と5,000を打ち違えて大量発注したこと、が全ての始まり。

若かった私は慢心していたのでしょう。

大量に荷物が届いて、社長に責任を取れと言われました。

私はクビかと諦めていたのですが、

社長が「明日から1か月間、女装して俺の秘書をやれば、今回のことは許してやる」

という訳の分からない命令を出してきました。

今の私がそんなことを言われれば、労基署に訴えてすぐに退社してやりますが、

若かった私は、

社長の「君なら似合うと思うし、可愛くなると思うんだがな…」という言葉にほだされて、とりあえずやってみることにしました。

下着やスーツ、化粧品、ウィッグなどはすべて社長が用意してくれて、メイクの仕方や下着のつけ方などは妻に教えてもらい、

いざ出勤したのですが、恥ずかしくて業務に集中できません。

大した業務ではないのですが、スカートやウィッグが気になるのも勿論のこと。

同僚の目が気になりすぎて、仕事が手に付かない状態。

1週間ほど頑張ってみたのですが、流石に我慢できず辞めました。

私の初歩的なミスから始まった出来事ですが、慢心せずに仕事をすればこんなことにならなかったと後悔してます。

今はSNSが発達したのでパワハラは減っている


今日のようなSNSが発達した世の中になってからは、私のような体験をする方はいないでしょう。

もしこんな懲罰人事が今の時代に存在したら、大問題になってしまいますからね。

インターネットが不十分だったあの当時は、個人としては大した情報を得ることもできませんでした。

しかも、終身雇用制度の名残が残っていたあの時代には、理不尽なことを言われてもすぐに辞めると言えなかったのも事実です。

職を失うということは、収入がなくなり路頭に迷うということで、妻と子供にひもじい思いをさせてしまうことですから。

自分自身のミスで辞めることになってしまったわけですが、これほど楽な仕事はなかった今でも後悔してます。

ただ、肉体的にも精神的にも非常に楽。

与えられている業務は非常に少ないし、勤務時間も決まっていて休日も充実している。

おまけに給料も、毎月しっかりと生活できるだけの額がもらえる。

ほとんど仕事もないうえに、職場の雰囲気もすごく良くて、毎日仕事に行くのが楽しい日々。

こんな楽な仕事ってあると思いますか?

私のように初歩的なミスをしないよう慢心せず、ちゃんと仕事をすれば超楽な仕事このうえないですね。

ガチンコの建設会社でモヤシ男が社長秘書まとめ

今回の体験談はいかがでしたでしょうか?

僕たちが新入社員だった頃は、パソコンすらなく、全部紙で発注、紙で報告書、紙で設計書…そんな時代でしたね。

SNSも発達して、いつでも誰でも内部告発できる時代。

僕たち総務系の人達は、ピリピリしてますよ。

精神的に疲弊してうつ病になったら悲惨ですよ

僕が煩わしい現代社会から解放されて、心も体もリフレッシュできたわけ

 

詳細ページ公式ページ